皮膚トラブルに悩む犬と猫のための非ステロイド系免疫抑制剤
『「〇〇です」と獣医師に病名を告げられ、免疫を抑制する薬を処方された』
そのような理由で免疫抑制剤を愛犬や愛猫に飲ませ始める飼い主さんは少なくありません。上記の「〇〇」に当てはまるのは想像以上に多く、愛犬や愛猫に免疫抑制剤を投薬している飼い主さんから得られた病名の代表的なものを抜粋しただけでも、以下に列挙したように多岐にわたったものであることがわかります。
アレルギー性皮膚炎、腸のアレルギー、パグ脳炎、リンパ管拡張症、壊死性脳炎、リュウマチ、免疫介在性のリウマチ、猫の口内炎、肉芽腫性脳髄膜脊髄炎、季節性アレルギー、食物アレルギー、原因不明のアレルギー、自己免疫疾患、アレルギー性皮膚炎、アトピー性皮膚炎、難治性口内炎、免疫介在性溶血性貧血、肉芽腫性髄膜脳脊髄炎、好酸球性肉芽腫症候群、落葉状天疱瘡、自己免疫介在性脳炎、再生不良性貧血、肉芽腫、マラセチア、免疫介在性血小板減少症、免疫異常、膿被症、脂肪織炎、外耳炎、自己免疫介在性溶血性貧血、免疫介在性多発性関節炎、膠原病
獣医師から免疫抑制剤を処方されるくらいですから、上記に挙げた疾患はいずれも免疫が関与しています。これらを大きくざっくり分類すると、アレルギー性疾患、自己炎症性疾患もしくは免疫介在性疾患にまとめることができますよね。どれもその個体の免疫システムの異常によって発症します。
通常は、何かに感染した・体の外部から内部へ何かが入ってきたがために、その異物や病原体を排除しようと免疫機構が反応して炎症が起こります。けれども、そうではない“非感染性”の場合は免疫に異常が生じ、その個体自身の細胞や組織を攻撃するので体のあちこちに種々の症状が現れてきます。
高齢になるにつれ食物アレルギーが酷くなってきた
掻く時に足が届かない部位や咬めない部位を残してハゲてモヒカン状態
痒みに悩まされ、血が出るほど掻きむしり、夜中も痒がって眠れない
ストレスなのかと思うほど肉球を噛む癖がある
痒がって掻きむしり体中真っ赤
子宮を摘出してからアレルギーが酷くなり、赤くベタベタの皮膚を掻き壊して剥げていた
アレルギーの子がいて、皮膚に炎症が起きやすく顔とお尻がただれてしまう
お腹は舐めすぎで火傷状態で顔周りは掻きすぎて血だらけ
アトピーでの皮膚アレルギーで耳垢も酷い
避妊手術でホルモンバランスが崩れ、皮膚がただれてしまう自己免疫疾患を発症した
口に潰瘍ができてしまう
原因不明のハゲにずっと悩んでいる。ハゲててもいいけど痒そうにしてる姿を見るのが辛い
犬や猫は動物ですから、人のように痒みを我慢する・掻かないようにしておくということができません。ひたすら掻きます。患部の状態がどれほどひどい状態になろうとバリボリ掻き続けます。それか気になる部位をガジガジするかペロペロ舐め続け、患部が脱毛したり赤剥け状態で痛々しい有様に。
愛犬や愛猫がこのような症状で辛そうにしている姿を目の当たりにすると、可哀そうで何とかしてあげたいと思いますよね。少しでも痒みを軽減してあげたいと。せめて患部を悪化させぬよう、エリザベスカラーを着けて強制的に止めさせたとしても掻痒感で落ち着きません。ソワソワしています。
物理的な方法で掻く行為を止めさせるのは一次的なものであり、根本的な解決策とはなりません。原因を除去できていないからです。原因は免疫異常ですから、異常になった免疫の働きを何とかしなければなりません。そこで獣医師から処方されるのが免疫抑制剤です。ここに至るまで少し冗長となってしまいましたが・・・。
免疫抑制剤と聞くと、すぐさま思い当たるのがステロイド系抗炎症薬のプレドニゾロンかと思います。合成された副腎皮質ホルモンですね。炎症に起因する痛みや痒みの緩和、過剰な免疫反応を抑制することよる症状の改善が早く期待できます。しかも安価で。
プレドニゾロンは“安くて”“早く”“よく効く”三拍子そろった薬なのですが、メリットばかりではありません。当然デメリットもあります。副作用が心配されている薬でもあるのです。詳細については「ステロイド剤を使うなら適切に使い分けることが重要」をお読みください。
『免疫抑制剤を生涯飲ませなくてはならない』
『ステロイドを投薬したけどあまり効果が無かった』
『ステロイドの長期服用には抵抗があって副作用が心配』
『ステロイドと抗生物質を処方されても治りきらない』
『アレルギーからの皮膚炎でなかなか合う薬が無かった』
などの理由から、ステロイド以外の免疫抑制剤の使用が多くなっています。愛犬や愛猫の体にこれ以上の負担をかけたくないですからね。下のテーブルをご覧ください。免疫システムの異常で皮膚のトラブルがあるなど、尋常でない症状に難儀している犬と猫の治療に使われている免疫抑制剤です。
免 疫 抑 制 剤 |
|||||
品 名 |
アトピカ | アイチュミューン C | シクロフィルミー |
アポクエル |
|
---|---|---|---|---|---|
カプセル | 内用液 | ||||
区 分 | 先発品 | 後発品 | 先発品 | ||
メーカー | Elanco(旧:Novartis) | SAVA VET | Biocon | Zoetis | |
成 分 | シクロスポリン | オクラシチニブ | |||
分 類 | 分子標的薬 | ||||
作用機序 | カルシニューリン (CN) 阻害 |
ヤヌスキナーゼ |
|||
含有量 |
10mg | 15ml | ― | ― | 3.6mg |
25r | 25r | 25r | 5.4mg | ||
50r | 17ml | 50r | 50r | 16mg | |
100r | 100r | 100r | ― | ||
内容量 | 15カプセル/箱 | 1本/箱 |
30カプセル/箱 | 30錠/箱 | 20錠/箱 |
「アトピカ」と「アポキル錠」はかなり有名ですよね。
どちらも名だたる製薬会社の動物用医薬品です。対して「アイチュミューン C」はアトピカ、「シクロフィルミー」は人用の医薬品「ネオーラル」の後発品です。どちらもインドの製薬会社が製造していて、アイチュミューン Cは動物用医薬品のジェネリックで有名な SAVA VET、シクロフィルミーは医薬品部門向けにバイオテクノロジー製品を製造している Bioconです。
BloombergやロイターなどでBioconの株価を見ると、2016年の3月までは80INRに及ばなかった数値が、その時から2020年4月26日現在までの間に357INRまで上昇しています。2019年の9月下旬に大きく下落した(228INR)ものの、当初から比べると大きく成長している企業であることがわかります。
それはさておき、次のテーブルをご覧ください。
下の表に載せているのは、犬と猫の免疫治療に使われる各免疫抑制剤を実際に使用された方々のレビュー総数、レビューの記載があった最古および最新の日付、そしてその間の年数です。アポクエルに関しては、3種いずれもレビュー数の上限である500に達しているので最大値の1500となってます。
免 疫 抑 制 剤 |
|||||
品 名 |
アトピカ | アイチュミューン C | シクロフィルミー |
アポクエル |
|
---|---|---|---|---|---|
カプセル | 内用液 | ||||
レビュー数 | 474 | 376 | 443 | 484 | 1500 |
レビュー収集期間 |
2011/9/14 |
2014/4/21 |
2015/2/20 |
2013/8/22 |
2016/5/18 |
レビュー収集年数 | 8年7か月 | 6年 | 5年2か月 | 6年8か月 | 3年11か月 |
アポキル錠が発売されたのは2016年なのですが、先に発売されたアトピカよりも少ない年数で多数のレビューを得ています。アポキル錠のレビュー数は、アトピカのカプセルだけだとアトピカの半分以下の年数で3.1倍、アトピカの内用液を合算した場合でも1.7倍もの差があることがみてとれます。
アトピカと後発品の2品はアポキル錠と成分を異とします。もしあなたが上記の免疫抑制剤のどれかをお使いになられるのでしたら、先ずはシクロスポリンとオクラシチニブそれぞれの成分の働き、使用上の注意などを次の各ページをお読みになり理解を深めてください。免疫を抑制する薬ですから。
その後、かかりつけの動物病院の獣医師と相談し処方してもらうようにしてくださいね。
「アトピー素因」+「皮膚バリアの低下」=アトピー性皮膚炎発症
なぜアトピー性皮膚炎が発症してしまうのか?
人のアトピーを例に解説します。
朝起きたらシーツや着ていた服が血だらけ体液だらけだった、ということがあります。
寝ていても痒さのあまり無意識に体を掻きむしっているのです。寝ているだけに加減もせずボリボリ掻いているので、皮膚が爪で傷つけられてボロボロになり出血してしまうのです。掻かずにはいられないほどの痒みなのでどうしても掻いてしまいがちですが、掻くことで症状がより悪化してしまいます。
アトピーになる人とならない人がいるのは何故でしょう?
一言でいうと、いわゆる“アレルギー体質か否か”だからです。アレルギー反応は5つの型がありますが、アトピー性皮膚炎は IgE抗体を産生するT型アレルギーです。
アレルギー反応を起こす原因となる何らかの抗原が体の中に入って来た時、IgE抗体が作られ肥満細胞にくっつきます。そこに抗原が結合すると、肥満細胞からヒスタミンやセロトニン、ロイコトリエンなどの生理活性物質が放出されて血管の拡張や透過性亢進などが起こり、浮腫や痒みなどの症状があらわれます。
しかし、体質的に IgE抗体が作られやすいからといってアトピーになるとは言い切れません。
アトピー性皮膚炎は、その名の通り“皮膚の炎症”が症状です。
皮膚は表皮と真皮の2重構造になっていて、外側の表皮には温湿度や紫外線などから皮膚そのものを守ったり、体内の水分が外に出て行かないようにするバリア機能があります。このバリア機能が低下してしまうと、皮膚が乾燥したりシミができやすくなったり、炎症を起こしやすくなってしまいます。
つまり、身近にある何かしらの抗原が原因でアレルギーを発症してしまうアトピー素因を持っていて、尚且つ、皮膚のバリア機能が低下してしまうとアトピー性皮膚炎を発症してしまいます。
表皮にバリア機能があると言っても、その働きがあるのは最も外側にある角質層なのです。この角質部分は、活動を止めた細胞(将来的には垢となって剥がれ落ちます)が脂質に取り囲まれていて、セメントでレンガを積んだような構造になっています。
このセメントにあたる脂質はセラミド、コレステロール、遊離脂肪酸から成っていて、これらが層となった間に水分が貯えられることで肌の水分が保たれています。このままだと角質層の水分が蒸発してなくなってしまいますが、皮脂膜によって角膜の表面は皮脂膜で覆われているので角質層の水分は蒸発することなく保持されます。
コップに水を入れたままの状態だと自然に水分が飛んでしまいますが、サランラップをすることで水分の蒸発を防ぐようなものですね。
アトピー性皮膚炎の場合、表皮を覆う皮脂膜が少なく、さらには角質の水分を保持する役割があるセラミドの量が普通の人の半分以下なので、水分保持能力が低いのに水分蒸発量が多い状態となっています。
つまり強い乾燥肌となるわけです。これをアトピック・ドライスキンと言います。
また、セラミドの量が少ないがために、レンガを重ねて積んだような状態になっている角膜層の細胞の間の隙間が多くなり、外部からの異物が体内へ入りやすくなっています。
本来は皮膚バリアで弾かれるはずの抗原や細菌等が体の中入り、アレルギー反応や感染が容易に起こってしまう状態にあるのですね。
実は、皮膚バリア機能の低下には活性酵素も関係しているのです。
紫外線を浴びることで表皮に活性酵素が発生しますが、それが過剰になると角質層の細胞の間にある脂質と結合して過酸化脂質が産生されます。すると、細胞の間を埋めている脂質が減ることで保湿機能が低下し、さらにはこの過酸化脂質によって角質の細胞膜が壊されてしまうため、細胞の中に貯めこまれていた脂質も減ってしまいます。
紫外線を浴びると皮膚がダメージを受けると言われる意味がよくわかりますよね。
皮膚バリア機能の低下にも関与している、万病の元凶 “活性酸素”
『活性酸素』って言葉、どこかで見聞きしたことありませんか?
生きていると呼吸をして酸素を体内に取り入れますが、その酸素が体の中で悪さするんです。SODなる酵素で除去されますが、加齢とともにそのSODの力が弱まってくるので、積極的に対策しないといけないんです。
私たちは呼吸によって空気中の酸素を体内に取り入れることで生きています。
生きるために取り込んだ酸素なのですが、酸素が生体内でブドウ糖や脂肪などと反応してエネルギーを産生している過程の中で、活性酸素と呼ばれる反応性が高い状態に変換されることがあります。
活性酸素は体の中に入って来た病原菌や有害物質などを解毒する働きを持っている、本来は有益なものなのですが、必要以上に生成されるとその高い酸化力で細胞や組織をも酸化してしまいます。これがガンや動脈硬化といった様々な病気やシミ、シワを引き起こすので、現代病の約9割が活性酸素に起因するとも言われています。
過剰に生成された活性酸素は、細胞内に発生した活性酸素を分解する酵素であるスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)やカタラーゼなどの抗酸化酵素によって除去されます。
しかし、残念なことに人だと40歳を過ぎるころからこの抗酸化酵素の生成量が減ってきてしまいます。加齢と共に罹る病気が増えてくるのは、活性酸素に抵抗する力が弱まってきているからなんですね。
対策としては、できるだけ活性酸素を発生させないような生活を送ったり、抗酸化物質が体内で多く作られるような食生活をすることなのですが、シンプルなようでいて難しいのかもしれません。
紫外線を浴びる、ストレスを受ける、加工食品を食べるといったことが活性酸素の発生の原因となってしまうので、可能な限りこれらを避けるということです。動物は能動的にタバコを吸うことはありませんが、人だと喫煙も原因の一つなんですよ。
一時期「水素水」が流行りましたよね。これは体の中の活性酸素を素早く効果的に除去するからとのことです。メカニズムについてはまだ不明点が多く臨床レベルでの研究が必要とされていますが、
「糖尿病患者のLDLと酸化ストレスが抑制され,肝がん患者の放射線治療におけるQOLの改善が報告されている。(中略)しかし、H2は安全性が高く人への投与も容易であることから、酸化ストレスや炎症に関連する多くの疾患で新たな治療法となることが期待されている」
とあります。早い話が「使ってみる価値がある、期待値は高い」ということでしょうか。
ステロイド剤を使うなら適切に使い分けることが重要
ステロイドの使用を止めるのが怖いと言われるのはなぜでしょう?
ステロイドを治療に使っている病気として、アトピー性皮膚炎、気管支喘息、慢性関節リウマチなどが挙げられます。
そもそも、ステロイドって何なのでしょう。
一口にステロイドと言ってもいろいろあります。有機化学物質としてのステロイドや生理活性物質としてのステロイド等々。ここでも人を例に挙げますが、人のアトピー性皮膚炎の炎症を抑えるために使われるステロイド外用薬について書いてみます。
ステロイド系抗炎症薬はその作用の多さから、皮膚の炎症を抑える効果があるので皮膚の外用治療で最も一般的に使われているのですが、副作用も多いので使用にあたっては注意が必要な薬なのです。
ステロイドの薬効成分は腎臓の上端にある副腎で作られる副腎皮質ホルモンの一つであるグルココルチコイド(糖質コルチコイド)で、その誘導体を人工的に合成して抗炎症作用と免疫抑制作用を強化したものがステロイド外用薬なのです。
痒いがためにステロイドを塗るとたちまち痒みが治まるのは、ステロイドが脂溶性であって、しかも分子が小さいので皮膚に浸透しやすいからなんですね。
アトピー素因を持っている人で皮膚バリア機能が低下していると、何らかの抗原に対してIgEがたくさん作られる免疫反応が起こり、それによって肥満細胞がヒスタミンを放出することで痒みや腫れなどの炎症反応が引き起こされます。
ステロイドはこれらの反応を強力に抑えてくれる頼もしい薬なのですが、気になるのが副作用です。
ステロイドは副腎皮質ホルモン剤とも言われていて、人工的に合成して効果を強めた薬です。
本来、副腎脂質ホルモンは体内で作られているものですが、ステロイドを長期的に使っていると副腎皮質によるホルモンの生成量が減ってきます。副腎脂質ホルモンが減ってくると、ステロイドの使用を止めた時に自分自身の力で炎症反応を抑えることができなくなり、より酷い炎症が起きてしまうのです。
さらには、ステロイドの使用で免疫機能が抑制されたその状態でステロイドを止めてしまうと、体が細菌や真菌に対して無防備であるため感染しやすくなったりします。ステロイドを使っているけど止めるのが怖いと言われるのはこのことなんです。
ステロイドは薬の強さによって5つのランクに分けられています。
また、ステロイドを塗る皮膚も部位によって薬の吸収率が違っています。ということは、症状の度合いや炎症の発生部位によってステロイドを使い分けることで、副作用の影響を抑えつつ治療の効果を高めることができるということです。
ステロイド剤だから何でも使っていいわけではありません。
正しい選択をしないで使用すると、とんでもないことになってしまうのは想像に難くないですよね? 炎症がひどい部位には強いものを、炎症が軽い部位もしくはステロイドの吸収率の高い箇所には弱いものを、適切に使い分けることが重要なのです。
ステロイドのランク
T 群 | Strongest | 最も強い |
---|---|---|
U 群 | Very Strong | かなり強い |
V 群 | Strong | やや強い |
W 群 | Medium | 普通 |
X 群 | Weak | 弱い |
前腕の裏側を基準とした場合の、体の部位によるステロイド外用薬の吸収率
陰嚢(42倍)>顔(13倍)>首(6倍)>わきの下(3.6倍)>頭皮(3.5倍)
>背中(1.7倍)>前腕外側(1.1倍)>前腕裏側(1倍)>手のひら(0.83倍)
>足首(0.42倍)>足の裏(0.14倍)